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青森地方裁判所 昭和30年(行)14号 判決

原告 大坊富士雄

被告 弘前税務署長

訴訟代理人 岩村弘雄 外四名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

「(一) 被告弘前税務署長が、昭和二九年三月三一日、原告に対しなした昭和二八年度分所得金額を五六〇、一九五円と更正した決定、

(二) 被告が、昭和三〇年六月一日、右更正決定に対する再調査の請求を却下した決定を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。」

との判決を求める。

二、請求の原因

原告は、林檎移出販売業を営むものであるが、昭和二九年三月被告に対し、昭和二八年度分所得税確定申告として、同年中の総収入金額二〇、四四二、二九四円七二銭から必要経費等を控除して所得金額二三二、〇〇〇円と申告したところ、これに対し、被告は、昭和二九年三月三一目請求の趣旨(一)記載のとおりの更正決定(以下本件更正決定という。)をなし、同年四月二日、原告に通知した。原告は、即日、被告に再調査の請求をしたところ、被告は、同年六月一日、請求の趣旨(二)記載のとおり右請求を却下したので、原告は、更に、これに対し、同月一五日、仙台国税局長に審査の請求をしたところ、同局長は、同三〇年三月三一日、右請求を棄却する旨の決定をし、同年四月四日、原告に通知した。

しかしながら、原告の再調査するところによれば、前記昭和二八年度分の総収入金額に対し、所要経費は、二〇、六三一、七〇〇円二〇銭に達し、同年中は、差引一九四、一九六円四八銭の損失が生じていることが判明した。よつて、本件更正決定に係る所得金額五六〇、一九五円の認定は全部不当であり、右決定を支持して原告の再調査の請求を却下した決定も亦不当であるから、ここにその取消を求める。

三、被告の本案前の抗弁及び答弁

(一)「本件訴のうち、更正決定の取消を求める訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

本訴は、訴願前置主義の要件に違反する不適法な訴である。すなわち、所得税法に基き税務署長のなした更正の取消を求める訴は、これに対する再調査の決定及び審査の決定を経た後でなければ提起することができない。原告は、昭和二九年四月二日、本件更正決定の通知をうけながら、これに対する再調査請求の期間を徒過して、同年五月二一日、再調査の請求をしたので、被告は、同年六月一日、これを不適法として却下したのである。このように、不適法な再調査の請求をして却下の決定をうけた場合には、訴願前置主義の要件を具備する再調査の決定を経たということができないから、本件更正の取消を求める訴は不適法として却下さるべきである。

(二)「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

原告主張事実中、原告が、昭和二九年四月二日、本件更正決定に対し、再調査の請求をしたこと、昭和二八年中にその主張のような金額の収支及び損失があつたことを否認し、その余の事実はすべて認める。原告が、被告に対し、本件更正決定に対する再調査請求書を提出したのは昭和二九年五月二一日である。

四、原告の反駁

原告は、昭和二九年四月二日、本件更正決定を受領したので、即日、被告に対し、口頭で同決定に服しがたい旨申し立て、再調査の請求をしたものである。尤も再調査請求書を提出したのは、被告の主張するように同年五月二一日であつたが、右口頭による不服申立の時に再調査の請求があつたというべきであるから、期間を徒過したとの非難は当らない。もちろん、再調査の請求は書面を以てするのが本則であろうが、口頭でその申立のなされたときにおいても、税務職員が申立の趣旨を録取しこれを再調査請求書に代えることが認められる場合もある。本件のように、所得金額の計算が簡単になされうる場合は、まさにかような取扱によるべきであるから、書面の提出された日にはじめて再調査の請求があつたとする被告の主張は失当である。

五、被告の再反駁

被告税務署長がした更正に対し、口頭を以て再調査の請求をなし得ないことは所得税法第四八条第一条の法文上明らかである。再調査請求期間内に口頭による不服申立をして期間経過後に再調査請求書を提出した場合、先の口頭による再調査請求のかしが治癒されこれが適法となる何らの根拠がない。

原告は、更正に対し口頭による不服申立があつたときは、当該税務署職員においてその要旨を録取し再調査の請求書に代えることができる場合もあると主張する。なるほど、給与所得その他簡単な課税基本に対する不服の申出であつて、特に証拠書類の添附を要しないと認められるものについて、原告主張のような取扱をすることができる旨の国税庁長官の通達が存することは認める。すなわち、再調査請求が書面を以てなさるべきことは、法の要求するところであるが、右通達の要件に該当するような簡単な不服申立さえも、口頭でなされた故をもつて却下すべしとすることは請求者に対し酷に失するので、かかる場合には原告主張のような取扱をしても差支えないことにしているのである。従つて、この通達は、法律の解釈を定めたものではなく、税務官吏の取扱方針を定めたものにすぎない。本件の場合は、極めて複雑な収入金額及び必要経費に関する不服申出であり、これが調査には少なからざる証拠資料を検討しなければならないことは容易に予想されるところであるから、前記通達の要件に該当しないこと明らかである。従つて、原告と応接した税務署員は、右通達に定める取扱をせず、再調査請求書を提出させるべく、昭和二九年四月一二日、その用紙を原告に送付したのであつて、正に妥当な措置であつたというべきである。

仮に、本件の場合が、前記通達に該当するものとしても、原告と応接した税務署員は、原告の不服申立の要旨を録取しこれをもつて再調査請求書に代えることをしなかつたのであるから、適法な再調査請求があつたことにならない。この取扱が不当であつたとしても、それは税務官吏が通達に従わなかつたという問題を生ずるに止まり、法律上要求されていることに違反したのではないから、再調査請求に対する却下決定を違法ならしめるものではない。

六、証拠〈省略〉

理由

一、本件更正決定取消の請求について

原告が、昭和二八年度分所得税確定申告として、同年中の所得金額を二三二、〇〇〇円と被告に申告したところ、これに対し、被告が、昭和二九年三月三一日、右所得金額を五六〇、一九五円と更正する決定をなし、右決定が、同年四月二日、原告に通知せられたこと、原告が、右決定に対し、被告に再調査の請求をしたところ、被告が同年六月一日右請求は期間経過後になされたものであるとの理由でこれを不適法として却下したこと、原告が更に同月一五日仙台国税局長に審査の請求をしたところ、同局長は、同三〇年三月三一日、右請求を棄却する旨の決定をなし、同年四月四日原告に通知したことは当事者間に争がない。

被告は、原告がした再調査の請求は期間経過後になされた不適法な請求であつて、かかる請求をなして却下の決定をうけた場合には、訴願前置主義の要件を具備する再調査の決定を経たということができないから本件更正の取消を求める訴は不適法であると主張する。

原告が、本件更正決定の通知をうけた直後、弘前税務署に出頭し、同署員に対し口頭で右決定には服しがたい旨申し出たが、その際なんら書面による再調査の請求をなさず、こえて五月二一日にいたり、はじめて、被告に対し、右決定に対する再調査請求書を提出したことは、原告の自認するところである。

さて、所得金額更正決定の取消を求める訴を提起するには、更正の通知を受けた日から一箇月以内に書面を以て再調査の請求をなし、これに対する再調査の決定(及び更にこれに対する審査の請求並にその決定)を経たことを要する。しかるに、右認定のとおり、原告は、本件更正決定の通知を受けた日である昭和二九年四月二日から一箇月以内に書面を以て再調査の請求をなさず、右期間経過後の同年五月二一日再調査請求書を提出し、被告は同年六月一日これを不適法として却下したのであるから、本訴は、その前提要件たる再調査の決定を経たものということができない。

原告は、法定期間内に、口頭を以て不服申出をなし、右は、それ自体、又は、その後における再調査請求書の提出と相俟つて、適法な再調査の請求であると主張するが再調査の請求が必ず書面を以てなさるべきことは、所得税法第四八条第一項の規定により明かであるから、法定期間内に再調査請求書を提出しなかつた以上、適法な再調査の請求をしたということはできない。原告の主張は理由がない。

更に、原告は、口頭を以てなされた再調査の申出に対し、税務署員が、その要旨を録取して、これを再調査請求書に代えうる場合があり、本件の場合は、まさにかような取扱によるべきであるから、原告の再調査の請求は、期間を徒過してなされたものではないと主張する。

しかしながら、税務署職員が原告主張のような取扱をなすべき法律上の義務があると認められないことは被告所論のとおりであるし、又、原告が口頭を以てなした不服の申出に対し、応接の弘前税務署員がこれを録取して再調査請求書に代えることをしなかつたことは弁論の全趣旨により明かであるから、原告の主張は理由がない。

よつて、被告の本案前の抗弁は理由があるというべきである。

二、再調査の決定の取消請求について

次に、原告は、被告が本件更正決定に対する再調査請求を却下した決定の取消を求めているが、右再調査の決定に対しては、既に、その当否の判断をなした審査の決定の存すること前述のとおりであつて、このような場合には、右審査の決定又は原処分たる本件更正決定のいづれかに対し取消訴訟を提起すれば足り、その外に、右再調査の決定の取消を求める法律上の利益が存しない。

しからば、本訴は不適法というべきである。

三、結論

よつて、原告の訴を全部却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本聖司 中田早苗 渡部保夫)

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